ミッチェル・フルーム Mitchell Froom ② 『キー・オブ・クール』(1982)

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 特に見通しも立てずに続けているミッチェル・フルーム特集第2回は、彼の84年発表のファースト・ソロ作品、『キー・オブ・クール』(The Key Of Cool)を取り上げる。

 

 ”デビュー作にはその作家のすべてが現れる”というのはよくいわれる話だが、では、ミッチェル・フルームにとって初のソロ名義作であるこの作品についてはどうだろうか。前回記事https://suimoku1979.com/entry/2020/12/12/200835)でも触れたが、フルームはLAのアンダーグラウンドパンク系の名門レーベル、Slashにソロ・アルバムを残している。彼が30歳のときのリリースであり、プロデュース・ワークが活発化する以前の最初期の作品という意味で興味を抱かせる。しかし、このアルバムに対する世間一般の関心はかなり低く、アルバムは廃盤の上、サブスクなどでも配信されていない。YouTube上でかろうじて全貌を確認することができるが、どの動画も再生数1000程以下のものばかりである。

 

 とはいえ、調べているとこの作品の全貌が分かってきた。実は、前回の記事では単なる“ソロ作品”とだけ書いたが、この作品は映画のサウンドトラックとして作られたものだったのだ。その映画とは、82年公開のポルノ映画『カフェ・フレッシュ』(Café Flesh)である。まず同作のサントラとして世に出たのち、84年にミッチェル・フルームのソロ名義で“再発表”された作品こそ『キー・オブ・クール』なのだ。

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 『カフェ・フレッシュ』は、監督・スティーヴン・サヤディアン(『Dr.カリガリ』)、脚本・ジェリー・スタール(『ツイン・ピークス』『CSI』など。スティーヴンとともに仮名でのクレジット)によって制作されたアート・ポルノ作品で、核戦争後にほとんどの人が性的不能となった世界を描くSFものだったらしい。タイトルの“カフェ・フレッシュ”は、観客が料金を払い、数少ない性行為可能な男女がセックスするのを観察する…という興行をおこなっているクラブの名前で、このクラブを中心に話が進んでいくことになる。予告をYouTubeにて見ることができるが、同時代の『ブレード・ランナー』などを思わせる退廃的・アート映画的な雰囲気で、あまりポルノ作品とは思えない。英語版wikipediaによれば、1970年代前半にポルノ映画産業が急激に拡大するなかで『ミス・ジョーンズの背徳』(1973)などアート性の強いものが多く作られたといい、こうした作品はその流れに位置づけられそうだ。*1

 

 実はサヤディアンとスターンのタッグによる作品は前年の『ナイトドリーム』(Nightdreams)に次いで2作目となる。こちらもデイヴィッド・リンチを思わせるような野心的な演出が特徴で、アメリカのポルノ業界誌『アダルト・ビデオ・ニュース』によって2007年には、“MTVのミュージック・ビデオ的演出、ヒップスターからの引用、アンダーグラウンド・ミュージックの使用などを行ない、alt-pornのジャンルを生み出した”として、“史上最も影響力のある50のアダルト作品”に選出されるなど、*2 演出に対する芸術的評価は高い。

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 ここで言及されている“アンダーグラウンド・ミュージックの使用”だが、『ナイトドリーム』にはLAのニュー・ウェイヴ・バンドであり、R.E.Mの初期のレーベルメイト(カリフォルニア、I.R.Sレーベル)であったWall Of Voodooによる‘Ring Of Fire’が使われている。ジョニー・キャッシュの歌唱で有名になったカントリー曲だが、Wall Of Voodooのヴァージョンは攻撃的な音色のシンセや耳障りなエレキ・ギターを導入し、ポエトリー・リーディングのように平坦なヴォーカルで歌っている。また、劇中ではスタンダード曲「オール・マン・リヴァー」やサティの「ジムノペティ」も使われ、フィルム自体に漂う(今でいうところの)モンド的な雰囲気を強めている。

 

 そして、この映画のクレジットにもやはりミッチェル・フルームの名前がある。つまり『カフェ・フレッシュ』のサントラ(=『キー・オブ・クール』)は、この『ナイトドリーム』の起用を経て行なわれたものと考えてよいだろう。この映画のサウンドトラックは音盤化されていないが、内容としては‘Ring Of Fire’と共通するムードをもつ、シンセを多用したニュー・ウェイヴ的サウンドである。

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 では、その次作サントラにあたる本題の『キー・オブ・クール』を聴いていこう。冒頭に収録された‘Thrill Factor(Café Flesh Theme)’は、攻撃的な音色のシンセベースが上下降するベース・ラインを奏でて、曲が始まる。全体の曲調としてはベース・ラインを執拗に反復して緊張感を煽るスパイ映画のオープニングのような雰囲気で、ディーヴォがカヴァーした「秘密諜報員」(Secret Agent Man)の雰囲気に近いものも感じる。シンセの音色も同年代のビル・ネルソンやトーマス・ドルビーを思わせるような鋭角的なものだが、そこに生ドラムのライド・シンバルが入るため、アコースティック・ジャズ的な雰囲気がより強調されている。メイン・テーマは鉄琴的な音色のシンセによって演奏されるが、その他にも柔らかいエレピ的な音色など、数種類のシンセが組み合わされている。ドラム以外はほぼシンセのみで成り立っているような音楽で、フルーム一人の演奏による多重録音で作られたのではないか? と想像される。メインのシンセ・ソロはジャズ的なフィーリングを持ったもので、それほど複雑なインプロヴィゼーションは挟んでいないものの、数多くのバンドに参加していたフルームのキーボーディストとしてのたしかな技量を感じさせるパートである。

 

 アルバム全体にフィルム・ノワール的な雰囲気が漂っており、モンド的なものを感じる。男性の語りや女声コーラスが入る以外はほとんどキーボード類のみで作られているというのも、メイン・テーマである‘Thrill Factor(Café Flesh Theme)’と一貫している。そのなかで面白いのは6曲目の‘Miami Priests’だろうか。マイルス・デイヴィス‘Calypso Frelimo’からの引用を思わせる(そういえば『キー・オブ・クール』というアルバム名も、明らかにマイルスの”Birth Of Cool”(クールの誕生)を踏まえているように思える)ベース・ラインが鳴るなか、シンセが控えめながらもジャズ的な即興を見せる。壊れたようなシンセの音色が入ってくるところも面白く、ミッチェル・フルームという人の引き出しの多さを見た気になる。次の‘Fruto Prohibido’では、のちに彼と深く結びつくラテン的な要素がすでに表れている。あくまでラテン“風”の域を出るものではないが、その後の道のりを知りつつ聴くと曲中の軽快なホーンもなんとなく面白い。

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 ミッチェル・フルームの初ソロ作はむしろコンポーザーとしてよりもキーボーディストとしての側面がより強調されている気もしなくもないし、それ以前に、本腰を入れて取り組んだ仕事かどうかも今では不明である。しかしそれと同時に、実験的ポルノ映画のサントラという特殊な形態によって、彼の本来的なジャズ趣味や40、50年代映画音楽趣味のようなものが炙り出されているようにも感じる。たとえば、すでに大物プロデューサーになったあとの98年作ドーパミン‘The Bunny’という曲を聴くと、驚くべきことに、たしかに『キー・オブ・クール』と通底する雰囲気を感じることができる。

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そうなると、この『キー・オブ・クール』も作品に合わせてそういう風に作ったというよりは、彼の本来的な作家性が発揮されているのでは?と思えてくる。なお、このサントラの後、彼は87年にも『スラムダンス』というノワール映画で同系統のサントラ制作を手掛けている。

 

 『キー・オブ・クール』は、ぱっと聴けばB級サントラのようにしか聴こえないが、40,50年代映画音楽的なものがシンセサイザーと融合したのはニュー・ウェイヴ隆盛の82年という時代がもたらした帰結だし、さらに言えば、フルームのミュージシャンとしての初ソロ作品が映画音楽になるというのは“ロサンゼルス”という土地柄の影響を感じさせる。しかも音楽性としては、彼の後の作品までつながる要素が少なからず表われているようだ。こう考えるとこの奇妙なアルバムにも大きな示唆が含まれているように感じてくるのだが、これはいささか”デビュー作にはその作家のすべてが~”というテーゼに引っ張られすぎだろうか?

 

 次回は時計の針を進め、クラウデッド・ハウスのプロデュース以降のフルームの歩みやチャド・ブレイクとのコラボレーションに至るまでを追っていきたい。

*1:‘Nightdreams’, wikipedia, 2020/12/30, https://en.wikipedia.org/wiki/Nightdreams#cite_note-avn2007-9

アメリカにおける“ポルノ黄金時代”については下記の記事でも詳しく書かれている。17歳以下閲覧非推奨。

Richard Corliss ’That Old Feeling: When Porno Was Chic’ Time,  2005/5/29, http://content.time.com/time/arts/article/0,8599,1043267-1,00.html

*2:’NightDreams’, Adult Video News https://avn.com/movies/41406.html