※プロデューサー、ミッチェル・フルームの歩みを自分の整理がてらまとめた記事です。続く予定。
‘Don’t Dream It’s Over’は86年発表、バンドのデビュー・アルバム『クラウデッド・ハウス』に収録された一曲。深いリヴァーブのなかで、クリーンかつブライトなトーンのギターが鳴らすギターではじまる。そこにゆっくりと滑り出すようにニール・フィンの ‘There is freedom within…’という歌唱が入ってくる。
クラウデッド・ハウスはニュージーランドの名バンド、Split Enzが解散後、そのメンバーが中心となって結成されたグループだが、この‘Don’t Dream It’s Over’とデビュー・アルバムの成功によって、即座に前バンドを超える世界的な人気を手にすることになった。
このレコーディングにてプロデューサーをつとめたのが、ミッチェル・フルーム(Mitchell Froom)という男で、当時33歳。ミッチェルはカリフォルニアに1953年に生まれ、70年代からはCrossfireなるバンドでキーボードとして活動するほか、ロニー・モントローズのハード・ロック/AORバンド、Gammaのサポート・キーボーディストなどとしても活躍していた。その後、ミッチェルはこのクラウデッド・ハウスの仕事を足掛かりとして、リチャード・トンプソン、ロス・ロボス、スザンヌ・ヴェガ、ポール・マッカートニーなど80年代末からゼロ年代初頭にかけてのポップスに大きな影響を与えていくことになる。
前述したように、フルームはまずそのキーボーディストの手腕などでしだいに業界から認められていき、70年からポツポツとアーティストのプロデュースを務めている。[1] そして、84年からはLAのインディ・レーベルであるスラッシュ・レコードから自らのソロ作品をリリースしている。スラッシュは、70年代からGerms、X、Violent Femmesなどのアンダーグラウンド・パンクをリリースしていることで知られ、ミッチェルの作品がここに並ぶのはちょっと意外な気もする。[2]
アルバムの内容としてはビザール・ジャズ風味のシンセ・ソロといった感じで、ヒットしてどうこうというものではないのだが、このソロと同時にレーベル・メイトだったThe Del Fuegosというガレージ・ロック系のバンドのプロデューサーとしてかかわっており、そちらでは’Don’t Run Wild’など、数曲のトップ200ヒットを出している。そして、85年からLAのサンセット・スタジオ、キャピトル・スタジオなどで行なわれたクラウデッド・ハウスのレコーディングにプロデューサーとして参加することになる。
なぜ彼がこのレコーディングに呼ばれたかは確かではないが、バンド系の録音に強いプロデューサーという判断だったのだろうか。また、この時点ではお世辞にも大物とは言えないミッチェルだが、同様にレコード会社のクラウデッド・ハウスへの期待値もそれほど高いものではなかったらしく、邪推すれば、まあ若いやつでもいいか…というぐらいの呼び方だったのかもしれない。
Sunset Sound Recorders
とはいえ、レコーディングが行なわれたキャピトル・レコーディング・スタジオ、サンセット・スタジオは、フィル・スペクターやビーチ・ボーイズをはじめ数々の名録音が残されたことで知られる西海岸の名スタジオである。実際に、レコーディングにはジム・ケルトナー、ジェリー・シェフなど、西海岸サウンドの流れをくむスタジオ・ミュージシャンも参加している。注目すべきは、サンセット・スタジオのエンジニアにクレジットされているチャド・ブレイクという名前だ。ミッチェル・フルームとコンビを組み、その独特のサウンドを生むのに不可欠の存在となっていくエンジニアであるが、85年の時点(キャリアのごく初期と言っていいだろう)で彼がミッチェルとすでに出会っていたというのは若干驚いた。
レコーディングは難航していたらしく、そこで“お助け人”としてミッチェル・フルームが現れ、アルバムを完成に導いたとのこと。[3] プロダクションについていえば、ミッチェルのサウンド・プロダクションはそれ以降のラフな質感のもととはまた異なり、ブライトな80年代ポップスの流れを汲んだものだ。たとえば、近い時期にはフィル・コリンズの一連の作品やカーズの「Drive」などがヒットしていたが、そういうものと並べて聴くとこの感覚が分かりやすくなるだろう。
一方で、ギターのトーンやヴォーカルの録り方などは意外なほど生っぽく、ルーツ・ロック的なところを感じさせもする。このマッチが完全にうまくいっているかというと難しいところで、中途半端に感じるところもある。ヴォーカルへのリヴァーブのかけ方はオーバーで、ニール・フィンのエモーショナルなヴォーカルは奥まって聞こえてしまう。“ドリーミー”という肯定的な表現もできるかもしれないが、その一方でドラムとベースは比較的タイトに入っており、特にベースはライン録りっぽいデッドな音で入っているため、やはりバランス的にちぐはぐに感じるのだ。背後にゆったりと流れるシンセは“時代の音”という感を強くさせるが、これはクレジットからするとミッチェル自身のプレイであると考えられる。[4]
だが、イントロのギターなどはやはり印象的な音だし(このイントロの時点でラジオ・ヒットは決まったと思えないだろうか?)また、コーラスの重ね方や、右チャンネルで効果音的に鳴らされるトレモロのかかったギターなど、細部にサウンドへの強い拘りは感じさせる。この曲を聴いていて、“ギターやヴォーカルの生生しい鳴りを捉える”ことと“ヒットする時代の音であること”の間で作り手が引き裂かれているように感じるのは、その後ミッチェル・フルームが作り出すサウンドを知っているからだろうか?
とはいえ、BEAT誌にニールが残したインタビューによると、この時点でミッチェルの「生音主義」のようなものははっきりとあったようだ。「ミッチェルが求めるのは自然な音であり、それは僕たちも同じだった」「バンドらしい音をコントロールしようするプロデューサーもいるが、彼はそうではなかった」という旨の発言が印象に残る。[5]
ともかく、‘Don’t Dream It’s Over’および、デビュー・アルバムの“Crowded House”は大ヒットし、ミッチェル・フルームのその後の大物たちとの仕事につながっていく。
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[1] アースシェイカーの84年作『ミッドナイト・フライト』に参加しているという謎情報もある(余談)
(https://www.discogs.com/ja/Earthshaker-Midnight-Flight/release/12047362)
[2] のちの盟友であるロス・ロボスもレーベルに名を連ねている。
(https://www.discogs.com/ja/label/15584-Slash?sort=year&sort_order=asc&page=2)
[3] Stephen Thomas Erlewine ‘Crowded House:Crowded House’Allmusic,2020/12/12
(https://www.allmusic.com/album/crowded-house-mw0000650038)
[4] 印象的なオルガン・ソロもミッチェルの手によるもの。
Dan Condon and Zan Rowe ‘Neil Finn tells us all about Crowded House's first new music in a decade’ ABC, 2020/10/29(https://www.abc.net.au/doublej/music-reads/features/crowded-house-new-album-neil-finn-whatever-you-want-dreamers-are/12823524)
[5] From the Archives: Beat’s 1986 interview with Crowded House(https://beat.com.au/from-the-archives-beats-1986-interview-with-crowded-house/)