サム・ゲンデルとは誰か?

まえがき

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サム・ゲンデル

サム・ゲンデルはロサンゼルスを拠点に活動するシンガー・ソングライター、サックス奏者、ギタリスト。エフェクターを駆使した独特なサックス・サウンドをトレードマークとしつつ、ジャズ、フォーク、ヒップホップなどを横断したサウンドを生み出している。

 

そして、特徴的なのが他ミュージシャンとの活発なコラボレーションで、そのリストにはルイス・コールやモーゼス・サムニーをはじめとして、ヴァンパイア・ウィークエンド、カルロス・ニーニョ、ブレイク・ミルズ…と現代ポップスのキーパーソンが並ぶ。活発なコラボレーションを繰り返しつつ、多ジャンルを混淆した作品を生み出す。そのいささか取り留めない才能について迫ってみたい。

幼少期~南カリフォルニア大学

サム・ゲンデルカリフォルニア州バイセイリア出身*1。父親の影響で10代からローランド・カークレスター・ヤングなどのオールド・ジャズに引き付けられ、13歳のときに50ドルで購入したサックスを演奏し始めたという。05年ごろに南カリフォルニア大学に入学し、ロサンゼルスに移住。

 

南カリフォルニア大学グラミー賞受賞者を多数輩出したUSCソーントン・スクール・オブ・ミュージックが有名で、ゲンデルも当初は音楽系の学科に入ったようだ*2だが、その学科を中退し、pre-medical program(医学部進学過程)に入り直したという。しかし、入学初日に出会ったという同大学のルイス・コールなどKNOWER周辺の人脈とはすでに知り合っており、しだいに大学外のLAシーンとも深くかかわっていくことになる。

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ルイス・コール

音楽活動開始~2016年

2010年ごろからKNOWERのサポートでサックスをプレイしたり、アンビエントR&BグループのInc.のサポート・ミュージシャンとしてバス・クラリネットやキーボードを演奏している。そして、2015年の終わりには自らのプロジェクトであるIngaをスタート。エレクトリック・ギターのアダム・ラトナーとドラムのケヴィン・ヨコタを含むトリオ編成のユニットで、サムはヴォーカルとアコースティック・ギターを主に担当している。Bandcampに発表したローランド・カークのカヴァー「Volunterred Slavery」は2016年2月にPitchforkでBest New Musicを獲得している。本カヴァーを含めIngaの楽曲は多くが現在は試聴不可となっているが、このたび『INGA 2016』として日本独自再発されたので、サムのソロ名義以前の姿を知る上では要注目だ。

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INGA 2016』

なお、最新インタビューによるとサムはこの時期、従兄弟がやっていたイタリアン・レストランの経営にかかわっており、そちらが忙しくなったためにINGAは自然消滅したということのようだ。自分がやりたくない音楽をやるぐらいなら必ずしも音楽で生計を立てなくてもいいと思っていたそうだが、2017年から物事が大きく動き始める。

 

2017

サムがサポート参加していたKNOWERはYouTube上で演奏動画を上げ続けていたが、それが大きな注目を集めたのがこの年。現在500万再生されているこの動画には、ルイス・コール(ドラム)、サム・ウィルクス(ベース)らと併せてサックスをプレイするサムの姿が記録されている。特に、ルイス・コールはこの年にサンダーキャット『Drunk』などに参加する中でいち早く超絶技巧のドラマー/キーボーディストとしての知名度を集めていく。

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KNOWER

KNOWER以外のサムのサポート・ミュージシャンとしての活動を挙げれば、Ingaのレコーディングにも参加しているSSW/フォーク・シンガー、サム・アミドンの『The Following Mountain』への参加や、LA の黒人シンガー・ソングライターモーゼス・サムニーのサポートなどが代表的な仕事だろう。たとえば、『Aromanticism』発表後のモーゼス・サムニーがNPR Tiny Desk Concertに出演した際の映像などに、サムの姿が確認できる。

 

正確な時系列は不明だが、ヴァンパイア・ウィークエンドのメンバーや、LAのヒップホップ~ジャズ~ニューエイジ・シーンのキーパーソンであるカルロス・ニーニョ、伝説的なスライド・ギター奏者であるライ・クーダーやその息子のヨアヒム・クーダー…といったミュージシャンたちと知り合ったのも17年前後のことのようだ。また、Inga名義でリリースされた楽曲「The Shrek Orchid」(17年)では、ジョン・キャロル・カービーとも共演しており、LAを中心に活発にミュージシャンズ・ネットワークを広げていく様子が感じとれる。

 

そんな中、11月にはグリズリー・ベアのクリス・テイラー主宰のTerrible Records(モーゼス・サムニー、ソランジュらの作品をリリースしていた)から最初のソロ名義アルバム『4444』をリリースする。本作は彼のソロ名義としてのファースト・アルバムという扱いになるが、アルバム全編にわたってIngaのメンバーがそのままバックを務め、1曲でブラジル出身のシンガー・ソングライターファビアーノ・ド・ナシメントがギターで参加している。

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『4444』

アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、ドラムからなるシンプルなアンサンブルで、 ゲンデルがおもにサックスではなくギターを演奏していることと、全編にわたってみずから歌っていることが大きな特徴だろうか。なお、サムはファビアーノのバック・バンドの一員としても活動。この年、ファビアーノがFESTIVAL de FRUEに参加した際には一緒に来日を果たしている。

 

2018

2018年にはダニエル・オー監督の『The Labyrinth & The Long Road』にサウンドトラックを提供、また、その流れをくむソロ作の『Pass If Music』をLeaving Recordsからリリースし、カルロス・ニーニョとも共同名義でEP『Raindiance / You're Suspended』をリリース。サムは以降もニーニョ関連作に積極的に参加していく。

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カルロス・ニーニョ

続いて、KNOWERでともに演奏を重ねたサム・ウィルクスとの共演作が活発にリリースされる。まず、ウィルクスのソロ名義の『Wilkes』に参加するほか、レストランでのライヴ録音を編集した『Music For Saxofone & Bass Guitar』と、Inc.のDaniel Aged宅や路上でのパフォーマンスをそのまま捉えた『Double Expression』(40分超えトラック×3という構成)をLeavingから発表。この時期のパフォーマンスの一部は、今年リリースされた『Music For Saxofone & Bass Guitar More Songs』にも収録されている。

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『Music For Saxofone & Bass Guitar』

『Music For Saxofone & Bass Guitar』は、ライヴ会場に来ていたLeaving RecordsオーナーのMatthew “Matthewdavid” McQueenの勧めで音源化されたそうだが、結果的には同レーベル屈指の人気作となっている。また、同じくKNOWER関連の話題で言えば、覆面で超絶かつスカムな演奏を行なうグループ、Clown Coreがネット上で話題を集めたのもこの年。ルイス・コールとサム・ゲンデルによるデュオというのが通説だが、両者は今日に至るまでそれを認めていない。

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Clown Core

サポート・ミュージシャンとしての活動でいえば、18年は、ライ・クーダーのツアー・バンドでの参加がトピックだろう。同年に発表されたスタジオ・ライヴでも、独特のエフェクターを用いたプレイが強い印象を残す。また、LAシーンのキーマンであるブレイク・ミルズがよりアンビエント・フォーク方面にかじを切ったEP『Look』にパフォーマーとして参加していることも見逃せない。そうした活動で注目度を高めるなか、8月にはFESTIVAL de FRUEでソロ・アーティストとして初来日を果たす。


2019~2020年

2019年はイーサン・ブラウンとのコラボ作Rio Nilo 66』をデジタル&少数LPリリースするほか、2019年11月にはサム・ゲンデル=カルロス・ニーニョ=ララージという共演体制で再びFESTIVAL de FRUEにて来日している。この際には高知、奈良でもライヴ・パフォーマンスを行なっている。

 

そして、サムが一躍注目を集めたのはなんといっても2020年だろう。全編に参加したブレイク・ミルズ『Mutable Set』、そしてミルズ経由と思われるパフューム・ジーニアス『Set My Heart On Fire Immediately』と、参加作品が立て続けにリリース。それに続けてジャズ・スタンダードを独特のエフェクターのかかったサックスで換骨脱胎する『Satin Doll』と、DRM-32というチープなリズムマシンや、ヴィンテージ・キーボード(「FELLYYDADA」では鈴木楽器の電子琴「和楽Ⅲ」を使用)、ピッチベンドされた人声などを効果的に用いたDRMという、それぞれ方向性の異なる2枚のアルバムをノンサッチからリリースする。

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『Satin Doll』

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DRM

また、彼が参加したサム・アミドン『Sam Amidon』、ホアキン・クーダー『Over That Road I'm Bound』(いずれもノンサッチからのリリース)が好内容で、特に前者は日本でも批評家の称賛を集めた。このように、ソロ、コラボレーションの両方で、サムがこれまで培ってきたものが一気に開花した年と言えるだろう。 また、bandcamp上で発表され、マーティン・レヴ本人から絶賛されたスーサイド「Dream Baby Dream」のカヴァーなども忘れがたいところ。

 

1年で2枚のアルバム・リリース、多くの注目作への参加と、この時点でかなりアクティヴな印象を受けるが、それが序の口にすぎないと分かるのは2021年に入ってのことだった。

 

↓下記記事に続く…


プレイリスト


ディスコグラフィ

 『en』(2015)

 『peaking』(EP、2015?)

 『Volunterred Slavery』(EP、2016)

 『Infinity』(シングル、2016)

 『The Shrek Orchid』(シングル、2017)

  • Sam Gendel

 オリジナル・アルバム

 『4444』(2017)

 『Pass If Music』(2018)

 『Satin Doll』(2020)

 『DRM』(2020)

 編集盤

 『Fresh Bread』(2021)

 サウンドトラック

 『VALLEY FEVER ORIGINAL SOUNDTRACK』(2021)

  • with Sam WIlkes

 『Music For Saxofone & Bass Guitar』(2018)

 『Double Expression』(2018)

 『Music For Saxofone & Bass Guitar More Songs』(2021)

 『Raindiance / You're Suspended』(2018)

  • with Ethan Braun

 『Rio Nilo 66』(2019)

  • with Josiah Steinbrick

 『Mouthfeel / Serene』(2021)

参考資料

・‘Sam Gendel :The Aquarium Drunkard Interview’ Aquarium Drunkard, 2020.3.9.

https://aquariumdrunkard.com/2020/03/09/sam-gendel-the-aquarium-drunkard-interview/)

・Kelefa Sanneh ‘The Spaced-Out Jazz of Sam Gendel and Sam Wilkes’ The New Yorker, 2021.8.16.

https://www.newyorker.com/magazine/2021/08/23/the-spaced-out-jazz-of-sam-gendel-and-sam-wilkes)

岡村詩野「2017年はこれを聴け!」、『ミュージック・マガジン』2017年2月号。

・Hashim Bharoocha「BEAT MAKERS LABORATORY Vol.109 Sam Gendel」、『サウンド&レコーディング・マガジン』2021年9月号。

岡村詩野「ブラック・ミュージックとフォークロアとの必然的接近邂逅 インガから名を改め、サム・ゲンデル、本格的にデビュー!」TURN、2017年7月11日。(http://turntokyo.com/features/features-sam-gendel/)

・石田昌隆「ジャズやブラジル音楽をポップスとして再定義する若き才能サム・ゲンデル《Nonesuch》移籍第一弾作を語る」TURN、2020年4月6日。(http://turntokyo.com/features/sam-gendel/)

・大西穣「サム・ゲンデル(Sam Gendel)『Satin Doll』LA出身のサックス奏者が語る、ヒップホップ世代以降の感性で作られたフューチャリスティックでサイケデリックな音風景」Mikiki、2020年5月22日。*初出は『intoxicate』4月号(https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/25197

原雅明「3枚組アーカイブ作『Fresh Bread』から見るサム・ゲンデルとサックスとの関係 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.135」Sound & Recording、2021年5月20日。(https://www.snrec.jp/entry/column/tciy135

原雅明「サム・ゲンデルが結成していたトリオ、インガの時代を中心に、キャリアを振り返る:Sam Gendel / inga 2016 インタビュー」OTOTSU、2021年10月6日。

https://www.oto-tsu.jp/interview/archives/2793

 

*1:生年は明言していないが、インタビューから推測するに86、7年生まれと思われる

*2:ソーントンかどうかは確認できず