アルバム・レビュー:Tirzah『Colourgrade』

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『Devotion』
(18年)の実験的なR&Bサウンドでメディアに注目されたロンドンのアーティスト、Tirzahの2ndアルバムがDominoよりリリースされた。長きにわたる共同制作者、Mica Leviをはじめロンドンのミュージシャン仲間を迎え、彼女自身の出産というパーソナルな出来事をはさみつつアルバム制作は行なわれたという。

 

前作『Devotion』を聴いた時に思い浮かべたのは、ジャネット・ジャクソン『The Velvet Rope』(97年)というアルバムだった。『The Velvet Rope』は、エレクトロニカアンビエント、あるいはオルタナティヴ・ロック的なエッジの効いたサウンドを取り込み、よりパーソナルな内容に踏み込むなかでアーティストとしてのジャネットを印象付けた。『Devotion』と直接的にどこが似ているというわけではないのだが、そのエクスペリメンタルでエッジの立った部分とスウィートな部分のバランスが、どこか近いように感じられたのだ。いうまでもなく、そのバランス感はフランク・オーシャンやソランジュ、FKAツイッグスらに代表される実験的・内省的なR&Bの流れを受けたものと感じられた。

 

それから3年後、2ndアルバムにあたる今作では、さらにそのエッジの立った、エクスペリメンタルな側面が強調されているように感じる。オープニングにしてタイトル・トラックである「Colourgrade」からしてそれは明らかだろう。Tirzahの歌とも呟きともつかない声、不気味にピッチダウンされてループさせられる(おそらく彼女自身の)ヴォイス、不穏なベース、天を舞うような口笛(的な音色のシンセ?)と、この4つの要素のみで楽曲は構成されている。定型的なドラム・パターンもなく、ある程度ループを繰り返したところでふっと楽曲は終わる。このような特異な音楽構造は、どうやって生まれたものなのだろうか。

 

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Tirzah

Dazedのインタビューによれば、もともとTirzahは音楽学校でクラシカルなハープの教育を受けるなかで音楽にかかわり始めた。それからしばらくして、先鋭的なジャズ・ハープ奏者であるアリス・コルトレーンドロシー・アシュビーといったミュージシャンに出会い、影響を受けたという。このことは、本作の音楽性を見るうえでは重要に思える。「Colourgrade」では、マントラを思わせるようなアリス・コルトレーン的節回しが聞ける。前作まではまだR&B然としたフロウが多かったので、Tirzahがここでそのようなヴォーカル・スタイルを取ったというのは実は大きな変化だと思う。このアルバムを、今年リイシューされたアリス・コルトレーンニューエイジ的なヴォーカル・アルバム『キルタン ~トゥリヤ・シングス』と並べて聴くのも面白いかもしれない。

 

アルバム全体を通して「ループ」(Dazedの記事で、アリス・コルトレーンの影響を指摘するインタビュアーに対してTirzahは「いい指摘ね、私はループが大好きだから!」と答えている)、そして「声」という2つの要素が印象に残る。「Colourgrade」ではループされるヴォイスが楽曲の中心に位置していたが、それは次の「Tectonic」でも同様で、全編でサンプリングされたヴォイス(あるいはそのような音色のシンセ)が執拗にループされるなか、左チャンネルでは、Tirzahのフレーズをなぞるように男性の声が深いリヴァーブをともなって鳴り続ける。「Hive Mind」でもリズムマシンが淡々とビートを刻む中、「エッ」という突拍子のない声が背後で執拗にループされる。左チャンネルのCoby Seyとときに唱和し、ときに呼応しながら楽曲は延々と続いていく。

 

サウンドプロダクションでいえば、ときに「雑すれすれ」とも思えるような大胆な音使いは本作の特徴である。たとえば「Tectonic」終盤に突然入ってくる、シンセを用いた即興パートには新鮮な衝撃を受ける。先行発表された「Send Me」は、前作の流れを汲む比較的ポップなR&Bだが、終盤30秒でなんの前触れもなくラウドなギターがぶち込まれる。また、「Sleeping」iPhoneで録ったかのような音質やミスタッチまではっきり聞こえるギターの演奏、それに続く「Crepscular Rays」の、フェイザーで延々と定位が変わっていくようなプロダクションにもそれとは異なった方向からの衝撃がある。

 

Tirzah「Send Me」

また、静かな衝撃を受けたのが「Beating」で、曲の始まりから鳴るホワイト・ノイズが曲の途中でバッサリと切れ、また何事もなかったように鳴り始める。初聴時、これにはちょっと笑ってしまった。録音ミスを疑うような衝撃的なサウンド・プロダクションである。これらの過激な音使いに対しては「思い付きに走っている」とか「奇を衒っている」という批判も可能かもしれないが、ループを主体とした楽曲に「亀裂」をもたらすような効果をあげていると個人的には感じる。

 

本作について触れるとき、その周りにいるチームについても言及の必要があるだろう。まずは、なんといっても音楽学校時代の同級生で10代前半からの共同制作者であるMica Levi。Micachuの名前で先行してインディ・スターとなったほか、映画音楽作曲家としても活躍している。そして、ヴォーカルで参加しているCoby Seyと、その兄弟であるというエンジニアのKwes。Tirzahの夫であるKwake Bass(Giles Kwakeulati King-Ashong)もミュージシャンであり、今年の話題作であるディーン・ブラント『BLACK METAL 2』のエンジニア/共同プロデューサーも務めている。彼らはロンドンにて一種のファミリー的なコミュニティを形成しているようで、「Hive Mind」のPVなどを見てるとそのコミュニティの雰囲気が伝わってくる。前作に引き続き、このチームが中心となって『Colourgrade』は作られた。

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Mica Levi

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Kwake Bass

パーソナルな面についていえば、このアルバムについてのレビューではだいたいTirzah自身の出産がもたらした影響について触れられている。しかしインタビューなどを読んでいると、Tirzahはそのような変化がテーマであるという解釈を注意深く避けているようにも思える(「たしかに出産を経て人生は変わったけど、何であれ人生は変わっていくでしょ?」など)。直接的にそういったテーマに触れている「Sleeping」のような楽曲もあるが、あくまでアルバムを構成する要素にすぎないというか、さまざまなトピックの一つとして現われていると考えたほうがいいだろう。

 

そのなかで、あえて端的にアルバムを表現する言葉としては、Mica Leviのこの発言が面白かった。

 

『Colourgrade』は、『Devotion』ほどスムーズに洗練されていないんだ(中略)ラフさ、しっくりくる録音、スタジオでの時間…何を“live”と感じるかというのがこのアルバムの一つのテーマでもある。それはこの世界の反映でもあって、わたしたちはそのなかで適応して生きているが、すべてが快適だったり、おさまりよくあってほしいとは思わないよね。つまり、このアルバムは粗削りなんだ。わたしは、できるだけ『Colourgrade』をありのままにしておきたかった。基本的には、良いところも悪いところもそのままって感じに。もちろんこれは適当ということではないんだけど、ただ、できるだけリアルなプロダクションにしたかったということ。

FADERインタビュー(https://www.thefader.com/2021/06/24/cover-story-tirzah-in-suburbia-colourgrade-new-album-2021)より

 

この言葉は先ほど挙げたような下手すれば「雑すれすれ」と思えるようなサウンド・プロダクションに繋がっていると思える。ときに母性愛やマインドフルネスが歌われる一方、サウンドはそれと一見矛盾するような不穏さや攻撃性を含む。そうした構造が、このアルバムに前作よりも複雑な色彩を与えている。だが、Mica Leviの言葉を借りれば、それこそが「この世界の反映」ではないか?とも思えるのだ。問題作と言っていいアルバムだが、結果としてはより「リアル」で複雑な作品として、Tirzahというアーティストの個性を印象付けるものになったのではないだろうか。