レビュー:King Krule『Man Alive !』

 

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目次

 

1. まえがき

 2020年2月、King Krule名義の3rdアルバム、『Man Alive !』がリリースされた。最初に目に留まったのは、シンボルのような形の人間が描かれた不思議なジャケットである。ジャケットに惹かれアルバムを再生すると、シンセが深い残響を伴って広がる。これまでの彼の作品と何かが決定的に異なるように思えた。

個人的な観測範囲においては、このアルバムに対するメディアやファンの反応には『The Ooz』(2017) 発表時のようなセンセーショナルな雰囲気は乏しいように思えるが、このアルバムは発表から4ヶ月経った今も自分の中で引っかかり続けている。それでは、これまでと何が変わり、何が変わっていないのか?彼のインタビューなどをもとに見ていきたい。

2.アルバムに対する印象

 アルバムに対する最初の印象として、音楽性が大きく広がったのではないか?と感じた。たとえばダブの要素は以前から彼の個性としてあったものだが、その使われ方はさらに深化しているように思える。アルバムの7曲目『Alone, Omen 3』の圧巻のアウトロでは、ヴォーカルが反響を繰り返し、埋没していくような感覚を味わうことができる。

 

 

 また、印象に残ったのはヴォーカルだ。唸り、吠えるような従来のスタイルから変化し、チェット・ベイカーを連想させるような柔らかい表情も見せている。前作『The Ooz』の「Slush Puppy」などでもその一端は現れていたが、ドリーミーなエフェクトなどと組みあわさって、さらにその魅力は増しているように感じた。

  また、全体としてこれまではあくまでソロ・アーティストとして声とギターを中心とした音楽性が特徴的だったが、今回のアルバムではむしろそこから離れ、トータル・サウンド的なプロダクションが前面に出ているように感じた。つまり、シンセ含めたバックバンドがこれまでよりはるかに有機的に楽曲に絡んでくるという印象を持ったのだ。特に印象的なのはイグナシオ・サルヴァドレス(Ignacio Salvadores)によるホーンだろう。「Comet Face」の意表を突くフリーキーなフレーズなど聴きどころは多い。

3.UKポップス史の流れとKing Krule

 彼自身、過去のインタビューではジョー・ストラマーイアン・デューリーといった偉大なイギリスのミュージシャンの名前を挙げてきたが、今回のアルバムでは特にその流れを感じさせる。特にイアン・デューリーの影響は強く感じられる。イアン・デューリー自身、AOR的な洗練されたコードワークとしゃがれたヴォーカルが不思議なバランス感で共存するSSWだったが、この素質は実はKing Kruleの持つ素質に近かったのではないか。たとえば『Man Alive』のあとにイアン・デューリー「Sweet Gene Vincent」を聴いてみて欲しい。R&Bの影響、ダブ的なエコーの使い方、シャウトとクルーナーの使い分けなど、両者に通じるものを多く見出せる気がする。

 あるいは、ネオアコと総称される80年代のギターロックを参照したい。オレンジ・ジュースやペイル・ファウンテンズを思い浮かべれば分かるように、80年代の「ネオアコ」は洗練されたコードワークとパンク的な焦燥感、ソウルフルなヴォーカルの同居が特徴だった。1stアルバムの時点でガーディアン誌は彼の音楽性をモリッシーエドウィン・コリンズの感性と、ジョー・ストラマーの熱を兼ね備えている」と評価していたが、今回の作品ではよりそのUK音楽における流れを意識させられる。

 

4.『Man Alive !』の同時代性

 では『Man Alive !』と同時代の音楽との関わりという点ではどうだろうか。たとえば、彼の音楽はグライムダブステップトラップとの関係性が指摘されてきた。また、前作『The Ooz』ではベッドルーム・ポップ的なサウンドも見せ、一部では鬱鬱としたその雰囲気からXXX TentacionやLil Peepのようなラッパーとの共通性を見出すような声もあった。前作に対し、今作についてはたとえばトラップやベッドルーム・ポップのような分かりやすい参照項は少なく、同時代の音楽との分かりやすい共通点は比較的乏しいようにも思えるが、彼のインタビューなどを参照しつつそこにも迫ってみたい。

5.ポップスにおける「ノイズ」

 直接的に本作のサウンドの鍵になりそうなのが、このFNMNLにおけるインタビューである。インタビュアーの「今作を作る際のサウンドのイメージは?」という質問に対し、King Kruleは次のように答えている。

 

もっと乾いた音にしたかった、それはかなり意識してた。ギター・サウンドにせよ自分のヴォーカルにせよ、リヴァーブやエコーという点でもっとドライなものにしたかった。それから、ノイズも常にたくさん使っている。ホワイトノイズだのフィールドレコーディングした音源、それらを用いてストーリーを語ろうとしているんだ。

 

 【オフィシャルインタビュー】King Krule 『Man Alive!』|「俺はいつだって変化し、進化しようとしている」FNMNL、2020/2/21。

  

ホワイト・ノイズやフィールド・レコーディングなど、ノイズの挿入というのは近年のいろいろな音楽に見られる特徴である。たとえばフランク・オーシャン『Blonde』『Endless』における環境音の挿入。そして、そこで重要な役割を果たしたトラックメイカーであるVegyn『Only Diamonds Cut Diamonds』でも環境音の使い方が印象的だった。今回のKing Kruleのアルバムでは、電話の発信音などに加えざわざわとした話し声、笑い声などが各所にコラージュされている。このようなノイズのサンプリングにより、靄の向こうで何かが蠢いているかのような独特の雰囲気が生まれている。

6.声

 「声」の使い方という点では、ボイスサンプルにも注目したい。「Comet Face」ではオーティス・レディングとカーラ・トーマスの「Tramp」を全編にわたって効果音的にループさせている。また、「Airport Antenatal Airplane」や「(Don't Let the Dragon) Draag On」ではSSW・Nilüfer Yanya「Small Crimes」のアカペラをピッチダウンしてループしている。このアカペラに対するKing Krule自身のコメントは面白い。

 

 このアルバムでは、リミックス用に送ってもらった「Small Crimes」のアカペラをサンプリングしたんだ。この曲が好きだったし、彼女の声のトーンも好きだったので、彼女にリミックスを作った後もこのボイスサンプルを使い続けた。カットアップしてシンセのように鳴らして、いろんな曲で「楽器」として使ってるんだ。たとえば「Antenatal Airplane」で、ちょっと音を重ねたいなと思ったら彼女の声をピアノ替わりに使ったりね。

 

 'How Supermarkets, Electricity Towers, and a Satanic President Inspired King Krule’s Man Alive!' Pitchfork, 2020/2/21.

 

 このインタビューを読んでとっさに連想したのはタイラー・ザ・クリエイターの『IGOR』(2019)である。エンジニアであるNeal H Pogueが語るところによると、『IGOR』の録音中にタイラーはレコーディングしたシンガーの声をバラバラにカットアップし、ピッチをいじり “楽器のように” 配置したという。

 

『IGOR』に参加したゲストのヴォーカルをタイラーがどう扱ったかという動画。Neal H Pogueのインタビューは3:56~。

 

 ボイスサンプルの使用自体はヒップホップにおいては珍しくないが、原型が分からないほどピッチを操作し、よりサウンド的に取り扱っているところに新鮮な面白さを感じる。

7.共同制作

  冒頭にも書いたように、本作ではバンド全体、複数の楽器同士が有機的に機能し、トータル・サウンド的なプロダクションが強まった印象がある。次のインタビューはそのことに対するヒントとなりそうである。 

 

 (インタビュアーの「これまでとは制作環境が変わった点はあるか?」という質問に対して)

King Krule - 今回は、初めて自分以外の人間に対してもっとオープンだった。あれは俺にとっては初めてだったから新鮮だったね。これまでは全部自分で作っていたけど、もっと曲作りに関わってもらったり、メロディにで(原文ママ)さえ関わってもらった。一曲プロデュースもしてもらったし、それは俺にとっては大きな変化だったな。でも、すごく自然だったんだ。あともう一つは、今回はレコーディングに入る前に殆どの曲を仕上げていた。スタジオに入ってから作る必要がなかったから、その曲の色々なバージョンを試せて面白かったんだ。

 

 【オフィシャルインタビュー】King Krule 『Man Alive!』|「俺はいつだって変化し、進化しようとしている」FNMNL、2020/2/21。

  

 フロントマンのみならずプロデューサーやプレイヤーが有機的に楽曲制作にかかわる、このようなオープンなプロセスによる制作(あるいは分業制)というのは、現在のヒップホップ/R&Bではおなじみになった作り方である。どこか彼に対して「孤高の表現者」的なイメージを抱いていた自分にとっては「メロディにさえ関わってもらった」という発言は若干の驚きがあった。

 

 しかし一方で、このようなプロセスを経て作られた作品だということは、ソロ・弾き語り的なスタイルを離れ、よりトータルサウンド的な質感へと移行したという当初の実感とも一致するものではあった。もっとも、このインタビューと矛盾するような「ホーン以外は全て自分で演奏した」という発言もあるため一筋縄にはいかないが、このような部分的な分業がサウンドの変化にかかわっていることは間違いなさそうである。

.まとめ

 King Kruleの『Man Alive !』は質感こそUK音楽の流れを想起させるタイムレスなものだが、ボイス・サンプルや環境音の使い方、分業的な制作方法など同時代的な要素を取り入れた作品と言うことができる。そして、その試みは彼のより多様な魅力を花開かせることに繋がったのではないか。アルバム発表後に公開されたライヴ映像などを見ていると、バンド編成による演奏のなかでこのアルバムの楽曲が有機的に進化している様が見て取れ、このアルバムも彼にとって通過点の一つに過ぎないのかもしれないと思わせる。本作の実験を経て、さらなる創作上の成果が生まれることに期待したい。

 

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<参照した記事>

1.
「キング・クルール(King Krule)『The Ooz』は2017年版〈In Utero〉か? 若きロンドナーが全米で支持される理由を識者2人と読み解く」Mikiki、2017/11/10。(https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/15977

2.
「【オフィシャルインタビュー】King Krule 『Man Alive!』|「俺はいつだって変化し、進化しようとしている」」FNMNL、2020/02/21。(https://fnmnl.tv/2020/02/21/91252)

3.
'How Supermarkets, Electricity Towers, and a Satanic President Inspired King Krule’s Man Alive!' , Pitchfork, 2020/2/21.
(https://pitchfork.com/features/moodboard/king-krule-man-alive-interview

4.
'‘I appreciate humanity now’: King Krule on punk, parenthood and finding peace' ,The Gurdian, 2020/2/15.
(https://www.theguardian.com/music/2020/feb/15/i-appreciate-humanity-now-king-krule-on-punk-parenthood-and-finding-peace)

5.
「King Krule / Man Alive! (2020)感想 歪を描写するもの」WITHOUT SOUNDS、2020/4/1。
https://slapsticker.blog.fc2.com/blog-entry-452.html)

6.
「King Krule キング・クルール最新作が宿す乾きの秘密」ele-king、2020/3/6。
http://www.ele-king.net/columns/007475/