blonded/blindedの二重性と失われたイノセンス

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So why see the world, when you got the beach
Don’t know why see the world, when you got the beach

なぜ世界なんか見る、ビーチにいるのに
なぜ世界なんか見るんだ、ビーチにいるっていうのに

(Frank Ocean「Sweet Life」)
 

 

You cut your hair / but you used to live a blonded life

フランク・オーシャンの「Self Control」では第1ヴァースでこのようなフレーズが現れます。直訳すると「君は髪を切った/ blondeの生活をしていたのに」といった感じでしょうか。このライン、アルバムタイトルである「blonde」の単語が現れるため気になる人も多いのではないでしょうか。

面白いのはフランクが明らかに「but you used to live a blonded life」を「but you used to live a blinded life」と発音しているというところです。Geniusではこのblonded / blindedの二重性を巡って活発な議論が行われており、なかには旧約聖書の「サムソンとデリラ」のエピソードを示唆しているのではないか?というものまであります。

しかし僕がここで連想したのは、60年代のグループによる一曲です。そのグループとはビーチ・ボーイズ。軽快なサーフィン・サウンドと美しいコーラスで人気を集めたグループです。彼らの曲では、常に夏、海、カリフォルニア、そしてブロンドの女の子が歌われてきました。「Surfin' U.S.A.」「California Girls」「Fun, Fun, Fun」…しかし、その輝かしい季節はやがて終わりを告げることになります。1966年のアルバム『Pet Sounds』のラストを飾る楽曲「Caroline, No」。その歌い出しは次のようなものでした。

Where did your long hair go
Where is the girl I used to know
How could you lose that happy glow
Oh, Caroline no

君の長い髪はどこに行ったの
僕の知ってる女の子はどこに行ったの
なぜあの幸せな輝きを失ったの
キャロライン・ノー

 

「きみ」との関係が終わっていくさまを嘆いたこの曲は、ベトナム戦争の激化とともに自らの音楽性に疑問を抱いたブライアン・ウィルソン自身の苦悩を象徴しているとよく解釈されます。ブライアンの「きみ」はブロンドの長い髪を切り、美しい輝きは失われてしまった。「甘美なものが死にゆくのを見るのはとても辛い」( It’s so sad to watch a sweet thing die ) というフレーズが胸に迫ります。

「ブロンドの長い髪」は若さや自由さを象徴するモチーフですが、そのイメージの裏返しとして「長い髪を切る」という行為は「イノセンスの喪失」や「青春期の終わり」といった意味合いを持つと言えます。このモチーフは「Self Control」ひいては『Blonde』全体においても重要なテーマの一つでもあります。

Remember life, remember how it was
Climb trees, Michael Jackson, it all ends here

覚えてるよ人生を どんなだったか覚えてる
木登り、マイケル・ジャクソン、すべてここで終わり
(Frank Ocean『Pink + White』)

You ain't a kid no more, we'll never be those kids again

君はもう子供じゃない 僕たちはあの子どもたちには戻れない
(Frank Ocean「Ivy」)

Self Control」では、「きみ」との距離が開き、二度と交わらないものになってしまったこと、やり直すには全てが遅いということが示唆されます。そして、そこではAustin Feinsteinのピッチを変化させたヴォイスが効果的に用いられています。

興味深いことに、2016年のフランク・オーシャンと同じように1966年のブライアン・ウィルソンも「Caroline, No」において変声技術を用いています。レコーディングのスピードを上げることにより、自らの声をより高く、少年的な響きを持つよう変化させているのです。『Caroline, No』におけるブライアンの声はある種のノスタルジアを扱った曲のテーマと一致し、優れた効果をあげています。

フランク・オーシャンは『Blonde』制作時、 “ビートルズビーチ・ボーイズの「a carefree summer」のイメージにインスピレーションを受けた” とインタビューで語っています。「carefree」とは考え無し、あるいは無邪気、開放的という意味の語ですが、これは「blind」という言葉と結びつく言葉と言えます。思春期の無邪気さ、盲目さ、そしてその喪失。それが「You cut your hair / but you used to live a blonded (blinded) life」のラインから読み取れる含意であり、また『Blonde』というアルバムにおける一つのテーマと言えるのではないでしょうか。

 

<参照>

フランク・オーシャンのリリック解釈について、基本的にshukki (@shukki)さんによる和訳を参照しております。

Tumblrリンク (https://twitter.com/shukki/status/898928596957274112?s=20)