中央線が平野を走る。丘稜に貼りつくように家々が並んでいる。巨大な多摩川が見える。23区に入るまで宙吊りになったような気分が続く。
西東京に来てから「距離」について想いを馳せることが増えた。頭の中にはぼんやりと都心の風景がある。何をしていても、そのイメージがかすかに肌を引っ張る。電車一本で行けるが、気軽に出かけるには時間がかかる。そんな微妙な距離感がある。
八王子の甲州街道沿いを歩くと「創業大正元年」をうたう古い呉服屋を見つけることができる。前を歩いていた家族連れが店に入っていく。店の奥行きは意外に広く、家族連れやお年寄りなどで賑わっていた。日本を代表するシンガーソングライター・松任谷由実はこの「荒井呉服店」の二女として生まれた。
彼女の有名なエピソードとして中学時代から青山の「キャンティ」に出入りしてかまやつひろしなどに可愛がられていたというものがあるが、彼女も中央線で煌びやかな世界へ行き来していたのだろう。その距離のなかではさまざまに都市のイメージがひらめき、消えたに違いない。西東京周辺は多くのミュージシャンを育んだ土地であるが、それはこの土地の都心への距離感によるものが大きいのではないかと思った。
1970年代に立川や福生、狭山の米軍ハウスを根城としたミュージシャンたちは都市文化の影響を受けつつそこから奇妙に浮遊したような音楽を作った。そして2010年代にはceroがこの土地から都市のイメージを新たに描きなおすことになる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
THE BOOMの名曲「中央線」で、歌の主人公は「きみ」を追いかけて中央線に飛び乗る。
走りだせ 中央線
夜を越え 僕を乗せて
この歌の主人公は中央線に乗ってどこに向かっているのだろうか。CMプロデューサー大森昭男は作曲者の宮沢和史が山梨出身なのでこの電車は都心に向かう電車、つまり「上り」の電車なのではないかと考察している。*1ぼくはその逆で、この曲を聴いていると都市の明るさから抜け出て夜の平野へと向かっていく情景、つまり「下り」のイメージが浮かぶのだが、実際に中央線に乗って行き来していると「夜を越える」という行為がリアルなものとして伝わってくるのだ。
つまりそれは武蔵野のだらりとした平野を延々と移動する感覚である。その間で宙吊りになった主人公の心境、そんなものまでいまは迫って聴こえてくる。家々の灯りが流れていく。電車は夜を越えていく。距離のなかで想像はゆっくりふくらんでいく。
*1:ほぼ日刊イトイ新聞・おとなが歌える歌を探して。https://www.1101.com/momsphoto/2003-07-30.html