Vampire Weekendが、2013年のアルバム『Modern Vampires of the City』以来6年ぶりの新曲、『Harmony Hall / 2021』を公開した。年内にはニューアルバムの発表を控えているようで、このシングルは3ヶ月にわたるリリースの第一弾という位置付けになるそう。
〇「Harmony Hall」
Vampire Weekend - Harmony Hall (Official Audio)
美しいアコギのループではじまり、Bメロからサビへとしだいに高まっていく高揚感のある曲。ホンキー・トンク・ピアノやパーカッションの使い方から最初に思い浮かべたのはプライマル・スクリーム「Movin’ On Up」 やストーンズの「無情の世界」である。(『Screamadeca』じたいがプライマル的なストーンズ受容ともいえるので当然といえば当然なのだが)
普段ワンループのトラップを中心に聴いている耳からするとA→B→サビでどんどんビルドアップしていく構造は若干オールドスクールに、悪く言えば古臭く聴こえたのは確かだ。しかしこのアンセムはそんな悪しき音楽オタクの心をもしだいに解きほぐしていった。どう考えても良い曲でしょうこれは……
まず素晴らしいのはイントロで、豊富にアンビエンスを含んだアコースティックギターが耳をひく。主旋律に対して無数のギターがオーバーダビングされており、万華鏡のようなサイケデリアを放っている。デイヴ・ロングストレスが参加していると聴いたが、フレージングや音作りの質感から、もしかしたらここが彼の仕事なのかな?と感じた。
すいませんYouTubeでも普通に聴けました…「Harmony Hall」には元メンバーのRostam Batmanglijとペダル・スチール奏者のGreg Leisz、Dirty ProjectorsのDave Longstreth、HaimのDanielle Haimが参加、「2021」ではJenny Lewisが“Boy”というフレーズを歌っているそうです。
— monchicon (@monchicon) January 24, 2019
元メンバーのロスタムも含め「米インディ総力戦」ともいうべき豪華なメンバーだが、ここではクレジットにあるグレッグ・リーズ ( Greg Leisz ) の名前に注目したい。リーズは68歳のギター/スティール・ギター・プレイヤーで、k.d.ラング、ベック、ビル・フリゼールといった多種多様なミュージシャンのバックを務めてきたベテランである。この曲でも素晴らしいプレイを見せ、楽曲にサザン・フィーリングを付け加えている。(特に2番のBメロでの演奏は素晴らしい)
この曲から祝祭感・高揚感のようなものを感じる人は多いだろう。しかしリリックはそれほど明るくなく、苦さがある。それは冒頭の「ぼくらは夏に誓いを立て/いま12月になったことに気づく」という一節からも伝わる。しかもフックは「こんな風に生きたくはない/しかし死にたくもない」というものである。なんとなくモリッシー的な一節だが、そのフレーズが高らかに歌われるところにはある種の感動がある。*1 エズラ自身はインタビューで「ロックバンドを続けることの困難」をたびたび語っていたが、「ゼロ年代インディ」の夏が終わったというビターな感覚と、それでも進まなくてはならないという決意をどことなく感じてしまう。
〇「2021」
Vampire Weekend - 2021 (Official Audio)
「2021」は小刻みなハイハットをともなった美しいスローナンバーで、近年のトラップ系トラックからの影響を感じさせる。(エズラはかつて「メトロ・ブーミンにグラミー賞を!」とツイートしていた)祝祭的な「Harmony Hall」に対して小規模なこの曲はチルアウト的な雰囲気があり、ひんやりとした安らぎを感じる。
この曲に関してはなんといっても細野晴臣のサンプリングが話題だろう。サンプルされた「TALKING(あなたについてのおしゃべりあれこれ )」は細野による無印良品のためのBGM集『花に水』(1986) に収録された1曲である。エズラはそのことを踏まえピッチフォークの取材にこのように答えている。
「この曲は彼(細野晴臣)が80年代に日本のmuji storeのために書いた曲なんだ」
「初めて聴いた時衝撃が走ったよ。そしてすぐぼくはトラックをループさせ、そこにのせる歌を書き始めたんだ。ともあれ、ぼくらにサンプリングを許可してくれた細野晴臣にshout outを。そしてmujiにも」https://pitchfork.com/news/vampire-weekend-share-new-songs-harmony-hall-and-2021-listen/
「TALKING」はたしかに名曲だが、日本でもそれほど知名度が高いとは言えない。エズラはどうやってこの曲を知ったのだろう?という疑問が浮かぶ。 『花に水』は2017年にYouTubeにアップロードされており、*2加えて(個人的な印象だが)サジェストで上位によく現れた。再生数も70万回と、日本での知名度と比較して多いように感じる。*3
realsound.jp
さいきんYouTubeのアルゴリズムによって竹内まりや『Plastic Love』が海外で突然バズるという出来事があったが、「TALKING」の場合もまたYouTube経由でおこったことなのではないか?と思わせる。
〇コラボレーション・新たな作りかたへ
この両A面シングルでは多数のゲストの参加や既存曲のサンプリングなど、これまでのVWには珍しかったような実験がおこなわれている。エズラは過去のインタビューにおいて、カニエ・ウェストとの音楽制作を通し「コラボレーション」への意識が変化したと語っている。以前は親しい仲間たちとで音楽を作ることに喜びを覚えていたが、そこに変化が生まれたという。
「メキシコのスタジオでカニエと作業する機会があったんだ。かつてない体験だったよ。ある日デイヴ・ロングストレスがいたと思ったら、次の日にはビッグ・ショーンがいるんだ。」
「かならずしも作業してるわけじゃない。音楽の話をしてるだけの人もいたりした。そこで、この雰囲気いいな。もっと間口を広げなくちゃ(need to loosen up)と思ったんだ」
「だから僕は68歳のギタリスト、グレッグ・リーズと共演し、18歳のギタリスト、スティーヴ・レイシーと共演したんだ。ほかにもたくさんのひとが出たり入ったりしたよ」https://www.thefader.com/2017/10/03/vampire-weekend-steve-lacy-new-album
米ヒップホップ/ポップスの影響を受けた「コラボレーション」の重要性については近年多く語られることであるが、VWの新しい音楽もこの流れを汲んでいるものであると言える。デイヴ・ロングストレスやグレッグ・リーズといったゲストが効果的に作用している「Harmony Hall」を聴くと、いまのところその試みは成功しているように思える。
スティーヴ・レイシーのほかたくさんのゲストが参加しているという他の楽曲、そして新アルバム『Father Of The Bride』への期待が高まる。
*1:フレーズ自体は彼らの「Finger Back」(2013)からの引用である
*2:"Watering a flower Haruomi Hosono 1984 cassette (花に水)"
https://www.youtube.com/watch?v=34UutDrXV2Q&t=1348s
*3:2019年2月9日現在。『2021』によって再生回数は伸びているが、サンプリング前から50万回ぐらい再生回数はあったような気がする