「グッド・タイム・ミュージック」としてのザ・ビートルズ

 

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♪ハニー・パイ(アンソロジーver)

ザ・ビートルズの『アンソロジー3』に入った「ハニー・パイ」を聴いていたらあるバンドの名前が脳内に浮かんだ。ラヴィン・スプーンフル。 60年代後半にNYグリニッチ・ヴィレッジで活躍したバンドだ。ジャグ・バンドやラグタイムなど「古き良きアメリカ」の音楽を60年代によみがえらせたことで知られる。

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これまで両バンドの間になんらかの関係性があるとは思わなかったので、この連想は自分でも意外に思えた。『ホワイト・アルバム』に入ったいかにも20年代然としたヴァージョンでは特に何も思わなかったのだが…と呟きつつ、「オブラディ・オブラダ」「ドント・パス・ミー・バイ」を続けて聴いているうち「ザ・ビートルズラヴィン・スプーンフル」という結びつきは脳内でなにかしら確固としたものになっていった。

 

ラヴィン・スプーンフルは、イギリスのロックバンドが大挙して押し寄せた「ブリティッシュ・インヴェイジョン」の季節、1965年に結成されたバンドである。メンバーは20年代の音楽のマニアであったが、同時に全員がビートルズをフェイヴァリット・バンドに挙げている。逆にビートルズのメンバーもラヴィン・スプーンフルをよく聴いていたという。例えば、1966年4月マーキー・クラブ公演にジョンとジョージが出かけ、演奏後メンバーと交流を持っている。

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ビートルズの中でも特にポール・マッカートニーがこのバンドの強いファンであったのではないかと思わせるのが次の『リボルバー』についてのインタビューである。「『グッド・デイ・サンシャイン』では、僕は『デイドリーム』のような曲を書こうとしたんだ」「(この曲には)伝統的な、ほとんどトラッド・ジャズ的な感覚がある」「彼らの曲ではこれが一番のお気に入りなんだよ」云々。

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「グッド・デイ・サンシャイン」が「デイドリーム」に似ているかどうかという議論はさておき、ここで出てきた「トラッド・ジャズ」という言葉に注目したい。50年代のイギリスではジャグ・バンドやディキシーランド・ジャズなどトラディショナルな、いわば「モダン」以前のジャズがリバイバルして流行した。その音楽は「スキッフル」と呼ばれ、ビートルズの誰もが少年期にこの洗礼を受けたのだ。たとえばジョージはギターより前に洗濯板を握りギコギコ鳴らしていたという。

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その後時代はR&Bやロックンロールに移り、メンバーも洗濯板を捨てたと思うが、その数年後にスキッフルがまた目の前に現れたのでポールはあっと思ったのではないだろうか。偶然か否か、その後ポールはトラディショナル・ジャズ的なナンバーを書き始める。例えば『サージェント・ペパーズ』に入っている「ホエン・アイム・シクスティ・フォー」など。この曲は16歳の時に書いたナンバーらしいが、『サージェント・ペパーズ』のヴァージョンだとクラリネットなどが入っていかにもなアレンジになっている。このほのぼのとしてレトロな味を持った小品は「マーサ・マイ・ディア」や「ハニー・パイ」に受け継がれ、ソロ時代にポールの大きな持ち味になる…というのは『ラム』などを愛する皆様なら言わずもがなであろう。

 

ラヴィン・スプーンフルを聴いたポールが自らのルーツとしてのスキッフルに立ち返った」というのは、ちょっと大げさな気がするが(しかし最近ではスタンダード曲のカヴァー集も出していましたね)ビートルズが「ロック」の括りで捉えきれないバンドであるというのはつくづく感じるところである。言うならば「グッド・タイム・ミュージックとしてのビートルズ」としてビートルズを見直せば、また違った「ビートルズ」像が描けるのではないか?ちなみに僕はポールとリンゴが作った曲にこの「トラッド・ジャズ」の色彩が特に濃いような気がするのですがどうでしょうか。

 

Kisses on the Bottom -Deluxe-

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